甘い極道性活 / 杉本サキ

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「ウチは極道じゃけぇ、カタギの家とは違うんじゃ」

 幼い頃から組長である父や母から、そうやって繰り返し言われてきたのは、一松も十四松も同じだった。

 もちろん、それは他の兄弟たちも同様であったけれども、序列というものを特に重んじるこの世界で、長男のおそ松は六つ子であろうとも跡取りであると真っ先に自覚しただろう。いや、せざるをえなかった、が正しいかもしれない。

 カラ松もチョロ松も、高校を卒業してヤクザになればいずれおそ松に続く役職になるだろうと想像していただろうし、一松以下の弟たちはさらにその下へ続くことを知っていた。

 全員が若頭以下の役職に至るまでには、もちろん相応の功績を上げる必要はあったけれども、個々の能力を活かし、今その地位についたと言える。

「六人もの倅がいて、松能組は安泰じゃの」

 会合の席で、父が組員達とそんな会話をしていたことを漏れ聞いた。杯を交わさずとも血縁で繋がる、絶対的な存在が同時に六人。生まれた時からこの特殊な世界を当然のものとする英才教育を受けている。

 父の趣味で極道を題材にしたドラマや映画は一通り自宅に揃っていたし、出入りする幹部や若い衆から坊と呼ばれ、その身体に描かれる模様や傷を垣間見ることもあった。カタギの家に生まれたならおおよそ見ることのないものが、近くに溢れていたのだ。

 一般家庭の子供がごく普通にアニメや特撮を見てヒーローに憧れるように、十四松はかつて、きらきらとした笑顔で一松に語った。

「父さんもじゃけど、極道ってかっこええのう、一松兄さん」

「否定はせんが。おまえ、ほんまにわかっとるんか? なんでそう思ったんじゃ?」

「なんで? って、惚れた相手を命がけで守って、筋を貫き通すって、かっこええじゃろ!」

 きょとん、とした顔でそう返す十四松に、一松は一瞬驚いたものの、「あぁ、そうじゃの」と返事をしつつ、心の中だけでため息をついた。

 やれやれ、今度は一体どの作品を見たのだろう。父さんが気に入っている役者が主役の任侠モノだろうか。これらは薄汚いリアルな描写をするものもあるが、都合良く綺麗な部分ばかりを抜き出した、現実とは程遠いと呆れるような作品もある。

 この弟は、無垢で純粋だから。

 そうしたものを全て信じてしまっても不思議ではない。

「男が男に惚れるっていうのは、すごいことじゃねぇ」

 うっとりと語る姿を前に、何も言えなかった。

 ただ真っ直ぐに憧れていたのを知っている。だからこそ、学生時代に「兄さん、大好き」と伝えられる好意に、ばかげた期待はしなかった。そんな都合のいいことが、起こるはずなどないと思っていたのだ。

 

 

「ぼく、一松兄さんに惚れとる」

 高校の卒業式を目前に控えたある日、いつになく真剣な顔をした弟から告白を受け、一松はその意味を正しく理解するのにしばらく時間を要した。

 ああ、またか。ごっこ遊びのような、昔から繰り返されたいつものアレだ、と思う一方、十四松の様子が違うことに気づいてもいた。

 一松は十四松と幼い頃から一番一緒にいたし、ずっと気にかけてきた。そもそも、六人もいる兄弟の四番目と、五番目。個人として認識されることが少なく、言ってしまえば影が薄かった。その中で寄り添うようにして助け合い、生きてきた。

 末っ子のトド松よりも泣き虫で、気弱で優しい十四松を一松は昔から特別可愛がって甘やかして、面倒を見てきた。だから十四松が真っ先に名前を呼ぶのは、いつも一松の名前だ。

 そして、一松が気落ちしている時に真っ先に気づいてくれるのも、泣きたい気分の時にただ隣にいてくれるのも、それは全て十四松だった。

 単純に言えば、懐かれている。少なくとも、嫌われてはいない。いいや、おそらく好かれている。

 その程度の自負はあった。

 自分の愛情が性欲を伴うものだと気づいたのは中学に入ってからだったが、しかしきっと、十四松は違う。

 一松兄さん、大好き。

 はっきりとそう言われたこともある。曇りのない笑顔で、甘えるように抱きつかれ、悪い気はしなかったけれども、その感情は家族愛であると信じて疑わなかった。それが、惚れているという言葉に変わった意味を、考えずにはいられない。

 いや、惚れていると言ったって、きっと性欲を伴うものではない。任侠の世界によくある、師弟関係のようなものだろう。大丈夫、おれは誤解したりしない。

 しかし目の前の十四松が頬を染め、その考えを否定してくる。一松に何かを求めているような、一松を欲しているような、熱を持った瞳。

 まさか。もしかして。やっぱり。

 混乱した脳内に、そんな言葉ばかりが浮かんでは消えた。そうしているうちに、十四松の告白は続いた。

「高校卒業したら、身体に墨入れるのはもう決まっとるけど」

 でも、と一度は躊躇うそぶりを見せたものの、十四松は聞き違えようもなく、言葉にした。

 

「一松兄さん。その前に、ぼくを抱いて」

 

 冗談とは思えない声音。そこにまず狼狽えた。そして突然の要望に、その内容。

「な、なに、言っとるんじゃ。抱くって、」

 セックス。

 それしかないだろうという空気に一松は圧倒される。

「ぼくの覚悟じゃ。これからずぅっと、一松兄さんと一緒の道を行くけぇ。……おねがい」

 

 一松兄さんのモノになりたい。

 兄さんの手で、ぼくを兄さんのモノにして欲しい。

 

 くらくらするような、甘くてあまい誘い。

 十四松の心は、もう決まっている。それは容易い道ではないと知っているはずなのに、一松が何年も悩み続けてまだ答えの出せない問題だというのに、十四松は軽々とそれを飛び越える。

 一松の気持ちさえ、十四松はきっと知っている。だから、惚れた弱み以上にコイツにはかなわないと思うのだ。

 しかし、十四松の覚悟は一松にも伝染する。

 惚れた相手にそこまで言われて腹を決められないような男に、ヤクザが出来るものか。ここで断るよりは、報いてやらなければ。これから一生かけて、おれはおまえを守っていくから。

「……ああ。わかった、ええよ」

 そして二人が最初に起こした行動は、まるで絶対に戻らないと誓うような、ケジメをつけるような初体験だった​。

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